「今日も、ギターを弾かなかった……」
「あんなに好きだったはずなのに、今はものすごく面倒に感じる……」
「音楽を嫌いになったわけじゃないけれど、これ以上は無理かも……」
あなたは、そんな自責の念に駆られていませんか?
あるいは、SNSを開けば流れてくる「24時間365日、音楽に夢中! 最高! 楽しい!」といった、誰かの熱量に圧倒され、自分の「熱の低さ」にガッカリしていないでしょうか?
もし、あなたが今、そんな「音楽との距離感」に悩み、苦しんでいるのだとしたらーー
村上 亮一大丈夫です。
その悩みは、あなたが音楽に対して「不誠実」だから生まれるものではありません。
むしろ、あなたが誰よりも真剣に音楽と向き合い、その繊細な感性で音楽を丁寧に受け止めようとしてきた「証」なのです。
この記事は、そんなあなたを縛り付けている「音楽家としての強迫観念」を解きほぐすために書いています。
HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)であり、音楽に心を折られながらも、自分なりの距離感を見つけることで再び楽器を手に取ることができた私が、自身の経験と考察を交えてお伝えします。
この記事を読み終える頃には、あなたを苦しめていた「理想の音楽家像」という重荷が少しだけ軽くなり、自分にとっての「心地良い響き」を取り戻すためのヒントが見つかっているはずです。
なぜ「24時間、音楽漬け」が正義だと思い込んでしまうのか?
私たちは、いつの間にか「プロなら(あるいは音楽を愛するなら)、常に音楽のことを考えていなければならない」という、目に見えないルールに縛られがちです。
「休日に音楽以外のことをするのは、上達の機会を逃しているのと同じだ」
「練習不足への不安を解消するには、とにかく練習するしかない」
このようなメッセージは、特に真面目で責任感の強いHSPにとって、強力な「執着」へと姿を変えます。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみてほしいのです。



音楽との心地良い距離感は、本来、人それぞれであるはずーー
「朝から晩まで音楽のことで頭がいっぱい」な状態が、最高のパフォーマンスを発揮できる人もいれば、「仕事以外の時間は別の趣味や静寂の中で脳をリフレッシュさせる」ことで、初めて音に魂を込められる人もいます。
もちろん、「どちらが正しい」ということではありません。
問題なのは、「他人のペース」や「世間一般の理想像」を、自分の物さしにしてしまうこと。
特に現代は、SNSによって他者の「努力の過程」や「輝かしい成果」が可視化されすぎています。
他人の「動」の部分だけを切り取って自分と比較し、自分の「静」の時間を「怠慢」だと決めつけるーー
その結果、心身を休ませるべき大切な時間まで、焦燥感(焦り)で埋め尽くされてしまう……。



これでは、音楽を楽しむことができないのは当然のことでしょう。
HSPの脳が「オーバーヒート」を起こすメカニズム
なぜ、私たちHSPは、音楽との距離が近すぎると、これほどまでに疲弊してしまうのでしょうか?



そこには、HSP特有の脳の働きが深く関わっていると考えられます。
HSPの大きな特徴の一つに、「深く処理する(Depth of Processing)」という性質があります。
私たちは、音の一粒、弦の振動、空気の揺らぎ、さらには観客や共演者の感情の機微まで、あらゆる情報を無意識のうちに深く、緻密に解析しようとします。
これは、作曲や繊細なニュアンスの表現においては、他の追随を許さない圧倒的な「才能」となるでしょう。
しかし、その一方で、脳は常にフル稼働状態ーー
例えるなら、高性能なCPUが常に100%の負荷で回転し続けているようなものです。



この状態で「24時間音楽漬け」を自分に強いてしまったらどうなるか?
答えは明白です。
脳はあっという間にオーバーヒート(過負荷)を起こし、強制終了ーー
燃え尽き症候群(バーンアウト)の状態へと追い込まれてしまうでしょう。



かくいう私自身、音楽の専門学校時代には、この「才能」が自分を追い詰める原因となりました。
「アイツより5分長く練習しなければならない」という強迫観念に囚われ、食事や睡眠の時間さえも惜しんでギターを弾き続けた結果、ある日突然、ギターを持つ手が止まり、音が「ただの不快な雑音」にしか聞こえなくなってしまったのです。
鬱(うつ)に近い状態で、カーテンを閉め切った部屋で数年間を過ごしたあの時期にはわかりませんでしたが、ようやく最近になって私は気付きました。
HSPにとって「休息」は、単なる怠けではなく、繊細な感覚を守り、音楽を続けるために「必須」なのだとーー
「やる気」が起きないのは、音楽との距離が近すぎるサイン


「最近、練習に身が入らない……」
「ギターを弾くことにワクワクしなくなった……」
そんな自分を、「音楽に向いていないのではないか?」「情熱が冷めてしまったのではないか?」と責める必要はありません。
その「意欲の低下」は、あなたの心が発している「音楽との距離が近すぎて、息苦しくなっている」という、防衛本能からのメッセージである可能性が高いからです。



特に、音楽を仕事にしていたり、高い目標を掲げていたりする場合、そこには「責任」や「プレッシャー」が伴います。
楽器を始めた頃の、あの純粋な「ワクワク感」を常に持ち続けなければならない、という思い込みは、実は非常に危険なのです。
プロであっても、あるいはプロを目指す人であっても、音楽が「義務」に感じられたり、向き合うのが辛くなったりする時期は必ずあります。
それは、あなたがプロフェッショナルとして、音楽の奥深さや難しさを、誰よりも深く理解している証拠でもあるのです。
ワクワクやときめきが、薄れる時期があってもいい。
練習したくない日は、ギターをケースにしまって、全く別の世界に没頭していい。
そうやって自分を許し、意識的に「休み」を取り入れることで、心の中は再びリセットされるでしょう。
真っ白になった譜面には、また新しい音符が自然と書き込まれていくーー



そんな循環を信じることが、長く、健やかに音楽を続けていくための「技術」なのです。
「音楽をしていない自分」には価値がないという妄想
音楽との距離を置くことを恐れる背景には、もっと根深い問題が隠れていることがあります。
それは、「音楽をしていない自分は、何者でもない」「取り柄のない自分には、価値がない」という、強固な思い込み(あるいは妄想)です。
「人から認められるためには、音楽を頑張り続けなければならない」
「音楽をやめてしまったら、誰も私を愛してくれないのではないか」
もし、あなたの心の奥底に、このような「条件付きの自己肯定感」があるとしたら、音楽との距離感は常に不安定なものになるでしょう。
なぜなら、音楽を「自分を証明するための道具」にしてしまうと、音楽がうまくいかない時に、自分の存在そのものが否定されたような錯覚に陥ってしまうからです。



しかし、断言します。
音楽をしていない、ただの「あなた」であっても、その価値は1ミリも揺らぎません。
あなたは、ただそこに存在するだけで、十分に愛されるべき存在であり、誰かに認められるために「何か」を成し遂げ続ける義務も義理もないのです。
とはいえ、私自身、ライブ活動から離れ、「ギタリスト」という肩書きを一度手放した時、猛烈な不安や絶望感に襲われました。
過去の自分はもちろんのこと、両親をはじめ、期待や応援をしてくれている方々への「後ろめたさ」から、待っていたのは居心地の悪い日々です。
しかし、音楽から完全に離れて、ただ本を読み、散歩をし、静かに過ごす時間の中で気付きました。



「あぁ、ギターを持っていなくても、私は私でいいんだな」とーー
この「ありのままの自分」への自己受容(セルフコンパッション)こそが、音楽との歪んだ執着を断ち切り、再び純粋な気持ちで音楽を楽しむための、強力な特効薬になったのです。
現代だからこそ選べる、あなただけの「音楽活動」
「ライブハウスの雰囲気や爆音が苦手。でも、音楽を創ったり、自分の奏でる音は好き」
「大勢の前で演奏するのは疲れる。でも、誰かにこの曲を届けたい」
そんな、HSP特有の葛藤を抱えているあなたに伝えたいのは、今の時代、音楽の形は「ステージの上」だけではない、ということです。
かつては「ライブをして、ファンを増やして、デビューする」という、一本道の成功モデルしかありませんでした。



しかし、今はどうでしょうか?
- DTM / 宅録(ホームレコーディング): 自分の部屋という最高の環境で、納得いくまで音を追求する。
- 配信 / 動画制作: 物理的な距離を超えて、あなたの感性を理解してくれる人と、穏やかに繋がる。
- AIの活用: 苦手な作業をAIに任せ、自分は最もワクワクする創造的な作業に集中する。
- 文章やデザインなどとの掛け算: 音楽の経験を言葉や形にして、多角的に自分を表現する。
私自身、現在は「ライブをしないギタリスト」として活動しています。
爆音や他者の視線に晒されることなく、静かな部屋でじっくりと創作を楽しみ、ブログやSNSを通じて届けるーー



このスタイルを選んだことで、皮肉にも、現役でライブをしていた頃よりも、音楽を深く、純粋に愛せるようになりました。
これはまさに、HSPという気質を「損切り」するのではなく、その繊細さを最大限に活かすための「デザイン」なのです。
もし、あなたが今いる場所が苦しいのなら、そこから逃げることを恥じないでください。
なぜなら、それは「逃げ」ではなく、より自分らしく響くための「環境の選択」(ポジションチェンジ)に他ならないからです。
結論:「繊細で美しい楽器」を丁寧に扱おう
音楽との心地良い距離感に、正解はありません。
あるのは、「今のあなたの心が、どう感じているか」という真実だけでしょう。
人生には、楽器を抱えて走り抜ける時期もあれば、静かにケースを閉じて、遠くから音楽を眺める時期があってもいい。



結婚、出産、介護、あるいは体調の変化などーー
ライフステージによって、音楽との距離感が変わるのは当たり前のことです。
だからこそ、バリバリ活動している誰かと自分を比較して、焦る必要はありません。
あなたは、世界にたった一つしかない「繊細で美しい楽器」なのです。
調子が悪い時は、無理に音を出そうとせず、メンテナンスをしてあげてください。
弦を緩め、湿度の安定した場所で、ゆっくりと休ませてあげるーー
そうやって自分を大切に扱っていれば、また自然と「弾きたい」と思う日がやってきます。



その時、あなたは以前よりもずっと深みのある、唯一無二の音を奏でることができるようになっているはずです。
そもそも、音楽はあなたを苦しめるためのものではなく、あなたの人生を彩り、楽しむためのものであるはずーー
だからこそ、焦らず、比べず、あなただけの「心地良いテンポ」で音楽と向き合い、この楽しさで溢れる世界を歩んでいきましょう。
あなたの人生という楽曲の中に、美しい「休符」と、納得感のある「メロディ」が共存することを、心から願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
以上、村上 亮一でした。



ではでは、したっけね~!


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