【アートで人生を整える】なぜ自己表現が生きづらさを解消するのか?|デザインやエンタメとの違いから考察

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【アートで人生を整える】なぜ自己表現が生きづらさを解消するのか?|デザインやエンタメとの違いから考察

「何のために、こんなに頑張っているのだろう……」

あなたは、社会の期待に応えようと、あるいは誰かの役に立とうと、無意識に自分を追い込んでいませんか?

その結果、心のバランスが崩れ、自分が本当にやりたかったことさえ見失ってしまう。

そんな、出口のないトンネルを彷徨っているような感覚。

もし、あなたが今、そんな漠然とした生きづらさや焦燥感に苛まれているとしたら……

村上 亮一

それは、あなたの人生から、「アート」という重要な要素が抜け落ちているサインなのかもしれません。

私たちは、いつから「生産性」や「効率」を追い求めるようになったのでしょうか?

SNSを開けば、「課題解決」や「他者貢献」といった言葉が溢れ、それ自体が素晴らしいことである一方、まるで「自分のためだけに時間を使うこと」が悪であるかのような空気が流れています。

しかし、HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)である私たちにとって、この「誰かのための時間」に偏りすぎた人生は、時に心を蝕む原因となり得るのです。

この記事では、私たちの身の回りにある創造的な活動を「デザイン」「エンターテイメント」「アート」の3つに分類し、なぜ現代人、特にHSPに「アート」が不可欠なのかーー

そして、アートという「自己表現」が、いかにあなたの人生のバランスを整え、唯一無二の「自分軸」を取り戻すための「メンテナンス」となるのかを、私の経験を交えながら考察していきます。

目次

なぜ現代人に「アート」が足りないのか?

私たちの周りには、創造的な活動が溢れています。

しかし、その多くは「デザイン」か「エンターテイメント」のどちらかに分類されると、私は考えているのです。

村上 亮一

そして、その二つに偏るあまり、三つ目の要素である「アート」が、多くの人の人生から抜け落ちてしまっているのではないでしょうか?

デザインとエンタメに偏る現代社会

ここで言う「デザイン」とは、明確な課題を解決するための行為です。

例えば、使いやすい道具を設計したり、分かりやすい資料を作成したり、便利なシステムを開発するなどーー

その本質は、他者の「不便」を解消する「機能的価値」の提供にあります。

一方で「エンターテイメント」とは、他者を楽しませ、感動させるための行為。

多くの人を魅了する映画や音楽、ゲームなどがそれに当たります。

その目的は、他者の「欲求」を満たす「感情的価値」の提供と言えるでしょう。

この二つは、どちらも「他者の存在」を前提としています。

誰かの課題を解決するため、あるいは、誰かを楽しませるために存在するのです。

もちろん、これらは社会を円滑にし、人々を豊かにする、とても価値ある活動です。

村上 亮一

しかし、この「他者中心」の活動ばかりに追われると、私たちは次第に「自分」を見失っていきます。

コスパ・タイパ至上主義という落とし穴

さらに現代社会は、「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉に象徴されるように、あらゆる場面で「時間効率」を求めます。

最短ルートで成果を出すこと、無駄なく情報を得ることが善とされる風潮。

この価値観は、一見すると合理的ですが、HSPの心身を蝕む「危険な落とし穴」になり得ます。

ギターに興味があっても、「プロになるまでの練習時間と費用」を計算して夢を諦めてしまうーー

純粋に「好きだから」「やりたいから」という情熱や衝動が、損得勘定によって押し潰されてしまうのです。

村上 亮一

人生や仕事は、本来そんなもので収まってしまうような、ちっぽけなものではありません。

しかし、常にコスパやタイパの物差しが全面に出てしまうと、非効率に見える「アート」のような活動は、真っ先に切り捨てられてしまうのです。

アート/デザイン/エンタメの再定義と「アート」の価値

では、人生のバランスを取り戻すために必要な「アート」とは、一体何なのでしょうか?

村上 亮一

それは、デザインやエンターテイメントとは一線を画す、極めてワガママ(もちろんポジティブな意味合い)で個人的な活動です。

アートとは「究極の自己表現」である

私は、「アート」を以下のように定義しています。

アート:自己表現や問題提起。他者評価を第一としない、己の内面から湧き出る表現。

デザインが「誰かの課題解決」であり、エンターテイメントが「誰かを楽しませる」ものであるのに対し、アートのベクトルは、徹頭徹尾「自分」に向いています。

誰かに評価されるためでも、お金を稼ぐためでもない。

ただ、自分の内側から湧き上がる衝動を形にすること。

村上 亮一

それが、アートの本質だと私は考えているのです。

「自己中」のススメと「自己承認感」という報酬

「自分のためだけに表現するなんて、自己中心的ではないのか?」

そう感じる方もいるかもしれません。

しかし、特に他人を優先しがちな私たちHSPにとっては、「少し自己中かな?」と感じるくらいが、きっと丁度良いバランスなのです。

少しだけイメージしてみてください。

自分の心が空っぽの状態で、他人に何を分け与えられるでしょうか?

まずは、アートという行為を通して、自分の心(コップ)を、楽しい気持ちや納得感で満たしてあげる。

そうして溢れ出した「澄んだ水」だけを、私たちは他人に分け与えればいい。

村上 亮一

自分を優先することは「ワガママ」なのではなく、巡り巡って、他人をも大切にすることに繋がるのです。

そして、アートがもたらす最大の報酬は、お金や名声ではありません。

それは、「自己承認感」や「自己肯定感」です。

人間の幸福感は、そのほとんどが「自分が承認されている感覚」で出来ていると私は考えています。

他人からの評価ではなく、自分自身が「表現したい」という欲求を満たし、その行為そのものを自分で認めてあげることーー

それこそが、何物にも代えがたい喜びとなり、揺るぎない自信の源泉となるのです。

アートがHSPの人生にもたらす具体的なメリット

HSPの繊細な気質は、見方を変えれば、アート活動を行う上でこの上ないアドバンテージ(強み)になります。

メリット1:繊細さを「才能」に転換できる

HSPの「深く考える力」や「些細なことに気づく感性」は、アートにおいて、他の誰にも真似できない独自の視点や表現の深みとなります。

日常の何気ない風景 / 人々の会話 / 心の機微などーー

世界から受け取った膨大な情報が、すべてあなたの創作のヒントに変わるのです。

世界の解像度が格段に上がり、毎日がインスピレーションの宝庫になる。

村上 亮一

その感覚は、人生そのものを豊かにしてくれるでしょう。

メリット2:「完璧主義」から解放される

HSPは、その繊細さゆえに完璧主義に陥りがちです。

しかし、アートは「完成」を目的としません。

そもそも、神ではない人間が作るものに、絶対的な完成などあり得ないのです。

一つの作品を「完成」とした瞬間から、それはもう「より良いもの」へ向かうことができる「可能性の塊」になります。

まずは60点でいいから、世に出してみる。

この「改善主義」でアウトプットを重ねる経験が、あなたを完璧という執着から解放してくれるでしょう。

メリット3:人生の「休符」としての役割を担う

音楽に「休符」があるからこそ、メロディが際立ち、リズムが躍動するように、私たちの人生にも適度な「間」が必要です。

常に思考がフル回転しているHSPにとって、アートに没頭する時間は、脳を休ませる「休息」となります。

村上 亮一

過剰な刺激から脳を守り、情報を整理するキャパシティを回復させるための、重要なメンテナンス(調律)なのです。

メリット4:「マルチクリエイター」という生き方を可能にする

好奇心旺盛なHSS型HSPにとって、一つの専門性を極めることは、時に苦痛を伴います。

しかし、アートという視点を持てば、様々な分野を横断することが「強み」に変わります。

音楽 / 文章 / デザイン / 絵 / 写真などーー

複数の分野を掛け合わせることで、専門家ではない「唯一無二の存在」になる。

アートは、そんな「マルチクリエイター」という生き方を肯定してくれるのです。

苦悩を乗り越えて実感した、アートの重要性

村上 亮一

私自身、アートという自己表現に救われた一人です。

音楽活動での葛藤と「自分だけの表現」の発見

プロのギタリストを目指していた頃、私は常に「評価」というプレッシャーに晒されていました。

ライブの動員数 / 演奏の技術 / 観客の反応などーー

「楽しむこと」よりも「評価されること」が目的となり、好きだったはずの音楽が、次第に苦痛へと変わっていったのです。

ライブの爆音や観客からの視線に疲弊し、心身ともに限界を迎えた私は、一度ステージから距離を置くことを決意しました。

村上 亮一

その時に見つけたのが、宅録 / DTM(デスクトップミュージック)という、閉鎖された空間での創作活動でした。

誰にも邪魔されず、ただひたすらに音と対話する時間。

評価を気にせず、自分の内なる声に耳を澄ませる。

その中で私は、音楽が再び「心を満たす存在」に変わっていくのを感じました。

それは、エンターテイメントとしての音楽ではなく、アートとしての音楽を取り戻すプロセスだったのです。

マルチクリエイターの血筋と「楽しむ」という原点

私の祖父は、まさに人生を楽しむマルチクリエイターでした。

カラオケで自作の歌唱テープを作り、ハーモニカを奏で、馬の絵を描き、自らの手で自宅を改築 / 増築するーー

ただし、そのどれもがプロ級というわけではありません。

しかし、大切なのは完成度よりも「楽しむこと」そのものなのだと、祖父は背中で教えてくれました。

村上 亮一

私もまた、その血筋を受け継いでいるのだと気づいた時、様々なことに手を出す自分を、初めて肯定できたのです。

「何者にもなれない」絶望からの転換

ギター、音楽、デザイン、絵、文章……。

興味の赴くままに様々な分野に手を出しては、それぞれの専門家と自分を比べて劣等感に苛まれる。

「器用貧乏で、結局、自分は何者にもなれない……」

そんな絶望の中にいた私を救ってくれたのも、アートの視点でした。

一つひとつは専門家に敵わなくても、「音楽 × 文章 × HSP × 経験」などという掛け算で生まれた存在は、他の誰にも真似できない、唯一無二の価値を持つのではないか?

そう気づいた時、バラバラのガラクタだと思っていた私の経験が、すべて繋がったのです。

村上 亮一

専門家を目指すのをやめた時、私は初めて、「村上亮一」という、たった一人の存在になることができました。

結論:自分自身のために、アートを取り入れよう

もし、あなたの人生が「誰かのため」に偏り、バランスを崩していると感じるなら、ぜひ「アート」を取り入れてみてください。

それは、デザイン(機能)やエンタメ(他者)に偏った人生に、「自己」という大切な軸を取り戻すための、重要な要素になるでしょう。

アートは「やらなければならないこと」ではなく、「やりたいこと」です。

その純粋な衝動に従って自己表現を続けることが、他人軸ではない「自分だけの納得感」に繋がります。

「アイデアに価値はない。形にできた人に価値がある」

どんなに小さな一歩でも構いません。

スマホで撮った写真を加工してみる、鼻歌を録音してみる、心に浮かんだ言葉を書き留めてみるーー

その小さな自己表現の積み重ねが、あなたの人生を、より深く、より豊かに、そして、より美しく響かせるための、大切な要素になるのです。

ぜひアートを取り入れて、納得感のある自分軸の人生を謳歌しましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

以上、村上 亮一でした。

村上 亮一

ではでは、したっけね~!

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