【エッセイ】臭い人に悶絶した結果、宇宙の法則と感謝に辿り着いた

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【エッセイ】臭い人に悶絶した結果、宇宙の法則と感謝に辿り着いた
村上 亮一

8月になって、本格的な夏に苦しんでいる村上です。

いや、暑さで苦しむのは当然のことなのですが、一番の苦しみは「匂い」ですね。

いわゆる「オイニー問題」(いわゆるなのか?)

とにかく臭い人が増えた。

増えたというか、目立ってきた。

わかってはいるんですよ。

これだけ暑いから汗かくし、湿度も高いから、なかなか服も乾きませんもんね。

そりゃ、臭くなる。

とはいえ、やっぱり臭いものは臭い。

本当に臭い!

……臭い!!(やけくそ)

もうね、公害レベルですよ。

政府は消費税どうこう言う前に、この公害の対策を講じてほしい。

灯台下暗しですよ、総理。

特に、電車内での匂いは強烈!

たぶん、7〜8割の方は「平均、あるいは少し臭い程度の匂いレベル」なんですが、残りの2割が「強烈に臭いレベル」です。

そして、その2割の方がいるだけで、車内が終わります。

一気に車内が、強烈な悪臭で占領されます。

そして、私の鼻も終わります。

いや、嘘。

終わるんだったら良いんですよ。

鼻が匂いに慣れて、臭くなくなるんだったら、まだ楽なんです。

けど、こちとら強めのHSPでして、匂いに対して人一倍敏感なもんで、一向に鼻が効かなくならないんですよね……。

ずっと臭いまま!

本当に臭い!

……臭い!!(やけくそ)

臭いから、あんまり空気吸いたくなくなって、自然と呼吸が浅くなるし、それが原因で物理的に苦しくなるんですよね。

暑さも相まって、本当に地獄……。

イッツ、アッ、スモールワールド(?)

もちろん、口から空気を吸ったりもするけど、無意識に「臭い空気」を吸っていると思うと、なんか嫌だし、怖くなる。

だって、臭いって、本来は「危険なこと」だったりするわけですよ?

「人体に害を与えたり、なんか危ない! 悪影響かも!?」ーーだからこそ、「臭い!」っていう、ネガティブな反応(拒否反応)が出るわけですよね。

もっと大げさに言えば、病気の感染や死に繋がる可能性に「人体は反応している」わけです。

いわば、本能ですよ。

正常な反応。

大切な命を守るために、鼻や脳が必死に訴えているわけですよ。

そこから離れろって。

だから、現状の解決策は、近くに臭い人が来たり、車内に入ってきたら、なるべく早く離れることにしてます。

マジで一択。(もちろん、ちょっとの乗車だったら、我慢することもありますよ)

とはいえ、せっかく満員電車で確保した座席から離れたり、こっちから車両を移動するのは、本当に悔しいけど!

本当に、マジで、バチくそ悔しいけど!!

「臭い人から離れる」のが、最良の解決策だって行き着きました。

いや〜、本当に理不尽なんですけどね。

こちとら、匂いに対して相当気にしてケアしてるってのに。

なんだか、ケアしている側が損をするっていうような、やるせない気持ちにすらなりますよね。

いつか「臭い人の専用車両」ができて、臭い人とそれ以外の人で、車両が別れる日を楽しみに待っております。

てか、できるでしょ?

こんなにテクノロジーだったり、AIの発達が目覚ましい時代なんだからさ。

改札あたりに、それっぽい機械を設置して、それで匂い判別して、車両を決めれば良いんですよ。

簡単な話ですよ。

そもそも、臭い人は匂いのことなんて、さほど興味ないんだから、臭い人たちでまとめたところで、どうとも思わないでしょ?

悪口とかじゃなく、マジで。

これこそ、win-winってやつじゃないの?

が、しかし!

ここで、騒ぐ奴らが出てくるんだろうな。

差別だ、なんだって騒ぐような人たち。

人権やモラル、ハラスメントとか、無視できないだろうって。

つまり、技術が可能であっても、倫理的に不可能ってわけだ……。

あぁ、人間めんど。

ところで、「宇宙の法則」ってご存知ですか?(唐突すぎる)

ここで言う宇宙の法則は、「78対22の法則」(別名:ユダヤの法則)なんですけどね。

世の中のすべての事象や自然界のバランスは「78対22」の割合で成り立っている、って考え方です。

この法則って、色々な事象で当てはまるよな〜と思いながら、日々過ごしているわけですけど、ご多分に洩れず「匂い」に対しても当てはまるな〜と感じているんです。

ほら、だいたい臭い人って、全体の2割くらいじゃないですか?

もちろん、統計とか取ってないし、あくまで個人的な体感ベースですけど。

仮にそうだとしたら、やっぱり宇宙の法則は「絶対なんだ」と感じるんですよね。

そして、ここで重要な考えに行き着きます。

それは、「臭い人がいるおかげで、臭くない人がいる」ってこと。

つまり、宇宙の法則が絶対である以上、臭くない人を存在させるためには、「臭い人を2割、絶対に存在させる必要がある」ってことです。

逆に言えば、私が臭くないのは、臭い人がいるおかげ。

それに、もし世の中が臭くない人だけ(匂いに敏感な人だけ)になったら?

臭い場所だったり、匂いが気になるような場所での仕事や物事(トイレ、ゴミ、下水など)は処理されなくなります。

(もちろん、これは偏見とかディスってるとかではなく、現実的な話です)

最悪、世界が終わるわけですよ。

そう考えると、なんだか不思議な気持ちになります。

ちょっと優しくなれるというか、納得できるというか……。

だって、臭い人(匂いに鈍感な人)が臭い物事、あるいは臭くなるであろう物事を処理して、臭くない世界を作ってくれているんですよ?

そして、我々(臭くない人、匂いに敏感な人)が、無事に処理された「キレイな世界」を謳歌しているわけですから。

めちゃくちゃ普通の結論ですけど、やっぱり色々な人たちがいて、この世は成り立っているし、豊かになっているんだな〜と思わされます。

めちゃくちゃ極論を言ってますけどね。

もちろん、だからって、全てを肯定できるわけではないですよ?

なんだかんだで臭いのは嫌ですし、イラッとしますから。

けど、こうやって考えたら、臭い人たちに感謝できませんか?

感謝できなくても、許容できませんか?

私はできます。

逆に、「私が臭くないから、あなたは臭いんだ」って、少し申し訳なさすら生まれます。

いや、これは嫌味っぽいか……?

けど、本音です。

たぶん、事実でしょう。

私が臭くないから、臭い人が存在するーーこれが真理。

ということで、臭い人に感謝しようって話でした。(そうなの?)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

以上、村上 亮一でした。

村上 亮一

ではでは、したっけね~!

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