【書評】サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福|「虚構」を操る私たちが辿る!壮大な歴史と未来の行方

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【書評】サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福|「虚構」を操る私たちが辿る!壮大な歴史と未来の行方

「私たちは、一体どこから来て、どこへ向かおうとしているのだろう……」
「なぜ、私たちはこのような世界に生きているのだろう……」

空を見上げながら、ふとそんな根源的な問いが頭をよぎることがあります。

数万年という、気の遠くなるような時間の堆積ーー

村上 亮一

その果てに今、私はこうして生きていて、ギターを弾いたり、音楽を作ったり、言葉を紡いだり、何らかの表現を試みている……。

しかし、一歩引いて自分自身を眺めてみれば、私という存在は、広大な地球の歴史における、ほんの一瞬の火花に過ぎません。

  • なぜ、他の人類種は絶滅し、私たち「サピエンス」だけが生き残ったのか。
  • なぜ、私たちはこれほどまでに巨大で複雑な文明を築き上げることができたのか。
  • そして、これほどの繁栄を手にしながら、私たちはなぜ「本当の幸福」を掴み取れずにいるのか。

もし、あなたが日々の生活の中で、漠然とした「生きづらさ」や、社会という巨大なシステムの歯車になっているような「虚しさ」を感じているのだとしたらーー

村上 亮一

それは、あなたが「人間という種の正体」を、まだ本当には理解していないからかもしれません。

今回ご紹介する書籍、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書『サピエンス全史』は、そんな私たちの常識を根底から覆し、人類という物語の真実を暴き出す、まさに「文明の解体新書」とも呼べる一冊です。

この記事では、音楽 / イラスト/ 文章などといった、多角的な視点から「唯一無二の表現」を模索し続けるマルチクリエイターとしての私なりに、本書が提示する「虚構の力」の本質について、深掘りしていきたいと思います。

この記事は、あなたが抱く「人間への疑問」を解消し、これからの不確実な時代を生き抜くための「指針(羅針盤)」となるはずです。

目次

本書のテーマと圧倒的な視座|歴史を「物語」として再定義する

まず、本書『サピエンス全史』がどのような本であるか、その全体像をお話ししましょう。

著者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、歴史学者 / 哲学者という独自の視点から、人類の歴史を単なる「出来事の羅列」ではなく、一つの大きな「物理的、生物的、そして文化的な進化のプロセス」として捉えています。

村上 亮一

本書のテーマを一言で表すなら、それは「ホモ・サピエンスが、いかにして『虚構(フィクション)』を信じる能力によって、地球の覇者となったのか」という一点に集約されるでしょう。

さて、かつて地球上には、私たちサピエンス以外にも複数の「人間(ホモ属)」が存在していました。

彼らは私たちより脳が大きく、身体能力に優れていた種さえいたのです。

しかし、生き残ったのは私たちだけでした。

ただし、その決定的な違いは、筋肉の強さでも、個人の知能の高さでもありません。

サピエンスが生き残った理由ーーそれは「目に見えないもの(嘘、神話、物語)」を共有し、何万人という見知らぬ人同士が協力できるという、極めて特殊な能力にあったのです。

本書は、人類史を「認知革命」「農業革命」「人類の統一」「科学革命」という4つの大きな転換点で区切り、私たちがどのようにして「神のような力」を手に入れ、そして今、自らを作り替えようとしているのかを描き出します。

村上 亮一

読み進めるうちに、あなたが当たり前だと思っていた「お金」「国家」「人権」「宗教」といったものが、すべてサピエンスが作り出した「想像上の現実」に過ぎないことに気付かされるでしょう。

1. 人類史の全体像とサピエンスの特異性|弱き「骨髄すすり」からの進撃

人類の歴史を語る際、私たちは往々にして「サピエンスこそが進化の頂点であり、必然的に今の地位に就いた」と考えがちです。

村上 亮一

しかし、本書はこの傲慢な認識を、冒頭から打ち砕いてくれます。

人類は「単数形」ではなかった

約250万年前、アフリカで最初の人類が現れてからというもの、地球上には常に複数の「人類」が存在していました。

  • ヨーロッパやアジア西部にいた、強靭な肉体を持つ「ネアンデルタール人」
  • アジア東部で長期にわたって繁栄した「ホモ・エレクトス」
  • インドネシアの島々で小型化した「ホモ・フロレシエンシス」

これらの人類は、決して「サピエンスへと繋がる通過点」ではなく、私たちと同時期に、それぞれの環境に適応して生きていた「兄弟」のような存在でした。

村上 亮一

現代に例えるなら、ライオン、トラ、ヒョウが同時に存在するように、多種多様な人類が地球に存在していたのです。

食物連鎖の「中ほど」にいた惨めな時代

驚くべきことに、初期の人類は決して「生態系の王者」などではありませんでした。

私たちの祖先は、数百万年もの間、猛獣たちが食べ残した獲物の残骸を漁り、石器で骨を叩き割って、中にある「骨髄」をすするような、とても弱く地味な生き物だったのです。

「なぜ、わざわざ骨髄なのか?」

その理由は、他の肉食獣が食べ終えた後にしか、獲物に近づけなかったからです。

しかし、約30万年前に「火」を手なずけたことで、状況は一変します。

村上 亮一

火は武器となり、暖となり、そして「調理」という革命をもたらしました。

調理によって消化にかかるエネルギーが節約され、その余剰分が「脳の巨大化」へと振り向けられたーー

これが、人類が食物連鎖の頂点へと「急激に」駆け上がる最初のステップとなったのです。

サピエンスの独走と兄弟たちの絶滅

ところが、約1万3000年前までには、ホモ・サピエンス以外のすべての人類種が地球上から姿を消してしまいました。

さて、彼らはどこへ行ったのか?

ハラリ氏は、サピエンスが進出した先々で他種が絶滅している事実から、サピエンスによる「殺戮」や「生存競争の勝利」ーーつまり、争いが原因である可能性を強く示唆しています。

私たちサピエンスは、生まれた時から「他者を排除し、唯一の存在であろうとする」、そんな冷徹なまでの排他性を備えていたのかもしれません。

村上 亮一

このように、人類史の初期段階において、サピエンスは生物学的な枠組みを超えた「何か」を手に入れる直前にまで来ていたのです。

2. 第一の革命:認知革命(約7万年前)|「存在しないもの」を語る力

本書の重要な核心、それが約7万年前に起きたとされる「認知革命」です。

村上 亮一

この革命こそが、サピエンスを単なる「賢い猿」から、地球を支配する「歴史の主役」へと変貌させた決定的な分岐点でした。

脳内の「配線替え」という偶然の産物

認知革命とは、偶然の「遺伝的突然変異」によって、サピエンスの脳内の配線が変わり、まったく新しいタイプの言語能力を獲得したことを指します。

それまでのサピエンスや他種の人類も、例えば「ライオンがいるぞ!」というような、客観的な事実を伝える言語は持っていました。

村上 亮一

しかし、認知革命後のサピエンスは、次の次元へと足を踏み入れます。

それこそが、「ライオンは我が部族の守護霊だ」といった、実際にはどこにも存在しない「虚構(フィクション)」について語る能力です。

「噂話」が集団を結束させる

当初、この新しい言語能力ーー虚構(フィクション)を語る能力は、「噂話」のために発達したとハラリ氏は説いています。

  • 誰が誰を嫌っているのか?
  • 誰が信頼できるのか?

このような社会的な情報を共有することで、サピエンスはより強固な協力体制を築けるようになりました。

しかし、「(個人的な)信頼関係に基づいた協力」を実現するためには、脳のサイズに起因する「150人(ダンバー数)」という限界があります。

村上 亮一

つまり、150人を超えると、お互いの顔と性格を把握できなくなり、組織は崩壊してしまうのです。

虚構がもたらした「数万人の協力」

ここで、サピエンスの「虚構を信じる力」が爆発的な威力を発揮します。

見知らぬ人同士であっても、同じ「神話」や「共通の物語」を信じていれば、何千、何万人という規模で協力することが可能になったのです。

  • 「私たちは同じ神を信じている」
  • 「私たちは同じ国民である」
  • 「この紙切れ(貨幣)には価値がある」

これらの共通の虚構(想像上の現実)が、個人の能力ではるかに勝っていたネアンデルタール人を「数の暴力」で圧倒し、サピエンスを地球上のどの生物よりも強力な存在へと押し上げました。

村上 亮一

ところで、マルチクリエイターとして表現活動をする私にとって、この「虚構を共有する」という概念には、とても感銘を受けます。

そもそも、音楽も、文章も、イラストも、ある意味ではすべて「虚構」です。

しかし、その虚構を誰かと分かち合うことで、そこに新たな現実が生まれ、世界が動き出すーー

つまり、サピエンスの正体とは、まさに「物語を紡ぐ生き物」に他ならないのです。

3. 第二の革命:農業革命(約1万2000年前)|人類史上、最大の詐欺

認知革命によって地球全土に広がったサピエンスは、次なる大きな転換点を迎えます。

それが「農業革命」です。

村上 亮一

教科書などでは「人類の進歩」として美化されるこの出来事を、ハラリ氏は「人類史上、最大の詐欺」という衝撃的な言葉で切り捨てます。

小麦がサピエンスを家畜化した

「人間が小麦を栽培化した」のではありません。
「小麦がサピエンスを家畜化した」のです。

農業革命以前の狩猟採集民は、数百種類の動植物を食べる多様な食生活を送り、週に数時間の労働で必要な栄養を得ていました。

しかし、小麦の栽培を始めた途端、サピエンスは日の出から日没まで、小麦の世話に明け暮れる「過酷な労働」を強行されることになります。

石を取り除き、水を運び、害虫から守るーー

村上 亮一

ところが、人間の身体は農作業に適した進化を遂げていなかったため、腰痛、ヘルニア、関節炎などといった疾患が蔓延しました。

繁栄という名の「罠」

では、なぜサピエンスはこれほど過酷な農業を続けたのでしょうか?

それは、農業が「食糧の総量」を増やし、「人口の爆発」を招いたからです。

個人の生活の質(幸福度)は劇的に低下した一方で、サピエンスという「種」としての総数は爆発的に増加しました。

村上 亮一

しかし、一度でも人口が増えてしまえば、もはや元の狩猟採集生活に戻る道は閉ざされます。

なぜなら、増えた子供たちを養うために、さらに農地を広げ、さらに過酷に働くしかないからです。

元の狩猟採集生活に戻ることは、子供たちを殺すことと同義……。

つまり、私たちは、自分たちが作り出したシステムの罠に、自ら嵌まってしまったのです。

未来への不安と「文字」の誕生

次第に農耕民は、不作や災害といった「未来の不安」に支配されるようになりました。

そして、その不安を解消し、膨大な人口と資源を管理するために、約5,000年前に「文字」が発明されます。

しかし、興味深いことに、世界最古の文字は詩や神話ではなく、「穀物の量」や「負債」を記録するための数理データでした。

村上 亮一

文字による記録は、人間の脳の記憶限界を超えた情報管理を可能にし、さらなる巨大な社会(帝国や国家)の誕生を支えることになります。

農業革命によって、サピエンスは「個としての自由」を売り渡し、「種としてのパワー」を手に入れました。

これは、現代の「効率化」や「生産性」という名の下で、私たちが自分自身の時間を切り売りしている構図と、驚くほど似ているのではないでしょうか?

4. 人類の統一へ向かう動き|貨幣、帝国、宗教という「普遍的秩序」

農業革命を経て、バラバラだった文化や集団は、次第に一つの地球規模の文明へと統合されていきました。

村上 亮一

この「人類の統一」を推し進めたのが、貨幣、帝国、宗教という3つの強力な「普遍的秩序」です。

貨幣:最強の「相互信頼」システム

貨幣は、人類がこれまでに考案した中で、最も普遍的で効率的な「相互信頼」の制度です。

たとえ、見知らぬ人同士であっても、お互いが「その紙切れに価値がある」という共通の虚構を信じていれば、あらゆる物やサービスの交換が可能になります。

村上 亮一

加えて、貨幣には宗教や国境さえ超える力があります。

神を信じない者同士であっても、貨幣(ドルや円など)という虚構の前では、一致団結できるーー

つまり、貨幣こそが、人類を一つの大きなネットワークへと繋ぎ止める、最強の「共通言語」となったのです。

帝国:文化の「ロードローラー」

帝国は、多様な民族を一つの政治秩序の中に強引に統合しました。

「征服」という暴力的な側面を持つ一方で、帝国は共通の法律、言語、技術、文化を普及させ、被支配民を一つの文明へと融合させる役割を果たしたのです。

現代の私たちが享受している多くの文化や価値観も、かつての帝国が築き上げた遺産の上に成り立っています。

村上 亮一

そして、今や、地球全体が一つの「グローバル帝国」へと向かいつつある……。

国家の独立性は弱まり、国際法や市場経済という目に見えない帝国が、世界を支配しているのです。

宗教:超人間的な「正当化」の物語

宗教は、不安定な人間社会の秩序に「超人間的な正当性」を与えました。

具体的に言うと、「これは神が決めたルールである」と信じ込ませることで、人々を一つの規範に従わせ、大規模な団結を促したのです。

さらには、アニミズムから多神教、そして一神教へと進化する過程で、宗教はますます強力な行動規範を提供しました。

また、ハラリ氏は「自由主義」や「社会主義」といった現代のイデオロギーも、特定の人間観を神聖視する「宗教の一種」であると捉えています。

村上 亮一

これらの虚構が織りなす「想像上の秩序」によって、サピエンスは何十億人という単位で協力し、地球の形を変えるほどのパワーを手に入れるに至ったのです。

5. 第三の革命:科学革命(約500年前)|「無知」を力に変えた大転換

約500年前、人類は再び劇的な転換点を迎えます。

それが「科学革命」です。

村上 亮一

それまでのすべての革命を過去のものとするほどの大きな変化が、ここから始まりました。

「私たちは知らない」という革命的な宣言

科学革命の本質は、人類が「自らの無知を公に認めた」ことにあります。

というのも、それ以前の宗教的伝統では「重要なことはすべて聖典に書いてある」とされていました。

しかし、近代科学は「我々は重要な疑問の答えを知らない。だからこそ探究する」という、極めて謙虚で、かつ挑戦的な姿勢から出発したのです。

村上 亮一

この「無知の自覚」こそが、新しい知識や技術、そして新しい力の獲得へと人類を突き動かすエンジンとなりました。

科学 / 帝国主義 / 資本主義の「三位一体」

ただし、科学は単独で発展したわけではありません。

科学は、「帝国主義」および「資本主義」と密接に結びつき、互いに強化し合うフィードバック・ループを形成したのです。

  • 帝国主義は、世界各地の知識や資源を求めて遠征し、科学者に探究の場を与えた。
  • 資本主義は、「将来の成長(信用)」という虚構を基盤とし、科学が新たな富を生み出し続けるという期待に投資した。
  • 科学は、技術革新によって帝国の支配を強固にし、資本家の富を拡大させた。
村上 亮一

この三者の結びつきが、ヨーロッパという極東の小さな地域を世界の覇者へと押し上げ、現代の高度な技術文明を築き上げました。

エネルギー変換の魔法:産業革命

約250年前に始まった産業革命は、熱を運動に変換するなどの「エネルギー変換の革命」でした。

それまで人類が利用できるエネルギーは、筋肉や家畜といった「代謝」に依存していたものの、蒸気機関や電気の発見などにより、人類は自然界の限界を超えた、爆発的な生産力を手に入れました。

村上 亮一

この圧倒的なパワーによって、サピエンスはもはや地球の「一員」ではなく、地球そのものを管理・改変する「神に近い存在」へと変貌を遂げたのです。

6. 文明の代償と幸福の行方|進歩は私たちを幸せにしたのか?

サピエンスは地球上の環境を支配し、富と力を劇的に増やしました。

村上 亮一

しかし、ここでハラリ氏は最も残酷で、かつ重要な問いを突きつけます。

「これほどの進歩は、個々の人間に幸福をもたらしたのか?」

幸福の「セットポイント」と期待の罠

生物学的な視点に立てば、幸福とは単なる「脳内の生化学的な反応(セロトニンやドーパミンの分泌)」に過ぎません。

そして、進化の過程で、人の感情は常に一定の「セットポイント(基準値)」へと戻るように設計されています。

村上 亮一

だからこそ、石器時代の狩猟に成功した喜びも、現代の宝くじの当選も、数週間経てば同じレベルの日常へと収束してしまうのです。

さらに、幸福は「期待値」との相関関係にあります。

現代人は、かつてないほど恵まれた環境にいるものの、メディアや広告などによって期待値が無限に高められているため、常に「足りない」という欠乏感に苛まれています。

その結果、100年前の王様よりも豊かな生活を送りながら、私たちはSNSのフォロワー数や他人の成功に一喜一憂し、不満を抱え続けているのです。

人生の意義という「自己欺瞞」(じこぎまん)

「幸福とは、自分の人生に意義を見出すことだ」という意見もあります。

村上 亮一

しかし、ハラリ氏はその「意義」さえも、認知革命が生み出した「虚構」であると断じます。

そもそも、科学的な視点から見れば、宇宙に客観的な意味など存在しません。

だからこそ、私たちが抱く「自分は価値あることをしている」という感覚は、特定の時代の支配的な物語に自分を合わせている、ある種の「自己欺瞞」に過ぎないというのです。

他者の受難:家畜たちの悲劇

さらに忘れてはならないのが、サピエンスの繁栄の陰で犠牲になった「他の生物たちの存在」です。

農業革命以降、家畜化された牛や豚、鶏たちなどは、生物としての本能を完全に無視され、工業的な畜産体系の中で、史上かつてないほどの苦痛を味わい続けています。

DNAの複製数(個体数の増加)という点では成功した種かもしれませんが、個体の苦痛の量という点では、農業革命は地球上の生命にとって最大の災害の一つでした。

村上 亮一

つまり、私たちサピエンスの栄光は、無数の犠牲の上に築かれた「血塗られた物語」でもあるのです。

7. 人類の未来:超ホモ・サピエンスの時代|「知的設計」による歴史の終焉

そして、本書はついに「人類の未来」へと足を踏み入れます。

村上 亮一

サピエンスは今、40億年続いてきた進化の法則を自ら書き換え、自らを「神」へとアップグレードさせようとしています。

自然選択から「知的設計」へ

これまで生命の進化は、偶然の突然変異や環境適応という、いわば「自然選択」に従ってきました。

しかし、現在のサピエンスは、生命工学 / サイボーグ工学 / 非有機的生命(AI)などといった技術を駆使し、自らを意図的に作り変える「知的設計」の時代へと突入しています。

  • 生命工学によって、遺伝子を操作し、老いや病を克服し、能力を強化する。
  • サイボーグ工学によって、脳とコンピューターを接続し、能力を無限に拡張する。
  • 非有機的生命工学によって、肉体を持たない、自己進化する知能を生み出す。

サピエンスという「種」の終焉

これらの技術が完成したとき、そこにいるのはもはや「ホモ・サピエンス」ではありません。

彼らは、私たちとは全く異なる感情や欲求、意識などを持つ、いわば「超人類(ホモ・デウス)」です。

そして、認知革命から続いてきた「サピエンスの歴史」は、その時、終焉を迎えます。

つまり、私たちは、自らの手で自分たちを滅ぼし、全く別の存在へとバトンを渡そうとしているのです。

村上 亮一

そんな、歴史の特異点(シンギュラリティ)は、もう目の前まで来ているでしょう。

「何を望みたいのか?」という究極の問い

サピエンスは今や、自然の法則を書き換えるほどの力を持っています。

しかし、私たちは自分たちが何を求めているのか、ひいては、何が自分たちを幸せにするのかを理解していません。

ただし、近い将来、私たちは自らの「欲望」すらも操作できるようになるでしょう。

その時、私たちが直面する真の問いは「私たちは何になりたいのか?」という技術的な問いではなく、「私たちは何を望みたいのか?」という、根源的で恐ろしい問いになるのです。

村上 亮一

私たちは、自分たちの望みさえもコントロールできるようになったとき、一体どこへ向かうというのでしょうか。

マルチクリエイターとしての解釈|「虚構」を編み直し、自分だけの物語を生きる

ここまで、本書が描き出す人類史の壮大な流れを辿ってきました。

認知革命、農業革命、科学革命

それらすべてを貫くキーワードは、やはり「虚構を信じる力」でした。

では、この衝撃的な真実を前にして、私たちはどう生きればいいのでしょうか?

村上 亮一

マルチクリエイターとして、音楽や文章、イラストなどを通じて「自分」を表現しようともがいている私なりの解釈を、ここでお話しさせてください。

表現活動とは、ポジティブな「虚構」の創造である

本書を読んで、「すべては虚構(作り話)なのか」と絶望する必要はありません。

むしろ、私は逆の可能性を感じています。

「虚構が世界を動かすのなら、私たちは自らの手で、より美しく、より納得感のある虚構を編み直せばいい」のだと。

村上 亮一

先述のとおり、私たちが奏でる音楽も、描く絵も、書く文章も、それ自体が世界を形作る「物語」の一部です。

国家や貨幣といった巨大な虚構に飲み込まれるのではなく、自分自身の内面から湧き上がる衝動を形にし、自分なりの「意味」を付与していくことーー

それこそが、サピエンスという「物語を紡ぐ生き物」として、とても誠実な生き方ではないでしょうか。

「個」の感覚を大切にする|システムの歯車にならないために

農業革命以来、人類は「種」としての繁栄のために、「個」の犠牲を強いてきました。

そして、現代の資本主義社会もまた、私たちに効率的な歯車であることを要求します。

しかし、言わずもがな、私たちは単なる「データ」でも「労働力」でもありません。

一人ひとりが固有の感情を持ち、固有の物語を生きる、かけがえのない存在です。

村上 亮一

だからこそ、効率や生産性という巨大な虚構の物差しで自分を測るのをやめましょう。

たとえ非効率であっても、自分が心から「美しい」と感じるものに時間やエネルギーを使い、自分が心から「納得できる」表現を追求するーー

そんな「自分軸」の活動こそが、巨大な文明の波に呑まれず、自分自身の人生を謳歌するための、唯一の避難所(オアシス)になるのです。

「無知」を認め、常にアップデートし続ける

科学革命が「無知の自覚」から始まったように、私たち個人の進化もまた、「自分はまだ何も知らない」という謙虚な姿勢から始まります。

だからこそ、過去の成功体験や、世間の常識という「古い物語」に固執してはいけません。

  • 常に新しい知識を取り入れ、新しい技術を学び、自らの内なる物語をアップデートし続けること。
  • 好奇心の赴くままに複数の分野を横断し、自分だけの「スキルの掛け算」を見つけていくこと。
村上 亮一

マルチクリエイターという生き方は、まさにこの「科学革命的な探究心」を、個人の人生に応用した形だと言えるでしょう。

そもそも、私たちは、自分たちが作り出した「虚構の中」で生きています。

ならば、その物語の主導権を、自分自身の手に取り戻そうではありませんか。

答え合わせの人生を捨てて、新たな「神話」を創り出せ

「人生の正解は、どこにあるだろうか?」

そんな問いを抱えて、誰かが書いたマニュアルや、インフルエンサーの成功法則を探し回るのは、もう終わりにしましょう。

『サピエンス全史』が私たちに教えてくれた最大の真実は、「この世の秩序のほとんどは、誰かが作り出した物語に過ぎない」ということです。

ならば、他人の物語に従って生きるのは、あまりにもったいない。

  • あなたは、どんな「虚構」を信じて生きたいですか?
  • あなたは、どんな「物語」を世界に遺したいですか?
  • あなたは、明日から「何を望むこと」を選びますか?
村上 亮一

言うまでもなく、本書は、単なる歴史の知識を授けてくれる本ではありません。

あなたの脳を縛り付けている「古いOS」をアンインストールし、全く新しい視点で世界を捉え直すための、強力な「思考のアップデートツール」です。

読み進めるたびに、あなたの常識がガラガラと崩れ去り、その後に、何物にも代えがたい「自由」が訪れるはずです。

自分自身が何者であるかを知り、人類という巨大な奔流の正体を見極めたとき、あなたは初めて、自分自身の人生のハンドルを握ることができるようになります。

圧倒的なスケールで描かれる人類の栄光と悲劇、そして未来への予言……。

この一冊を読み終えた後、あなたの目に映る世界は、以前とは全く別の色に輝いて見えるでしょう。

村上 亮一

ぜひ、本書を手に取り、サピエンスという「神のような猿」が辿った、壮絶な物語の当事者となってください。

そして、その物語の続きを、あなた自身の意志で、美しく書き換えていってください。

共に、納得感のある自分軸の人生を、切り拓いていきましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

以上、村上 亮一でした。

村上 亮一

ではでは、したっけね~!

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