「仕事に情熱を注げない自分は、ダメ人間なのだろうか……」
かつての私も、そう思い悩む一人でした。
音楽や創作という、魂を燃やせる活動がある一方で、生活のために働く会社という場所では、どこか冷めた自分がいる。
周囲の熱量との温度差に、罪悪感すら覚えていました。
- 出世競争に興味はない。
- 無意味な会議や飲み会は、できることなら避けたい。
- 定時で上がり、自分の時間を十分に確保したい。
そんな考えは「意識が低い」と一蹴され、まるで社会不適合者のような烙印を押されてしまう。
村上 亮一しかし、もし、その「やる気のなさ」が、これからの時代を賢く、そして豊かに生き抜くための合理的で優れた「生存戦略」だとしたら、あなたはどう思いますか?
今回ご紹介する一冊、海老原嗣生氏の『静かな退職という働き方』は、まさにその核心に迫る、現代の労働者にとっての「目から鱗の一冊」と言えるかもしれません。
「静かな退職(クワイエット・クイッティング)」という、一見するとネガティブな響きを持つこの言葉。
しかし本書を読み解けば、それが単なる怠慢やサボタージュではなく、変化し続ける社会構造に対する、極めて冷静かつ知的な適応戦略であることがわかります。
この記事では、会社に人生のすべてを捧げることなく、自分らしく豊かに生きるための新しい教科書となり得る本書の魅力を、私の解釈を交えながら、お伝えしていきたいと思います。



この記事が、仕事との向き合い方に悩む、あなたの心の重荷を少しでも軽くする一助となれば幸いです。
第1章:その「やる気」、本当に必要?――「静かな退職」への誤解を解く
まず、本書のタイトルにもなっている「静かな退職」という言葉の定義から始めましょう。
これは、実際に会社を辞めることではありません。
会社に籍を置きながらも、過度な出世競争や会社への忠誠心からは距離を置き、契約で定められた最低限の業務をきっちりこなすーーそんな働き方のスタンスを指します。
「なんだ、結局はやる気のない“指示待ち人間”のことじゃないか」
そう思われた方もいるかもしれません。



しかし、本書が指摘するのは、この「静かな退職」が、もはや個人の意識の問題ではなく、社会構造の変化によって必然的に生まれ出た、極めて合理的な選択肢であるという事実です。
かつての日本は、頑張れば頑張っただけ報われる社会でした。
年功序列で給料は上がり、多くの人が管理職へと昇進できた。
会社に人生を捧げることが、そのまま個人の幸福と直結していたのです。
しかし、時代は変わりました。
本書によれば、現代の日本では大卒者で管理職になれるのはわずか45%。
半分以上の人は、どれだけ身を粉にして働いても、平社員のままキャリアを終える可能性が高いというのです。
その一方で、社会保険料の負担は増え続け、給料は思うように上がらない。
このような「コストパフォーマンスの悪化した労働市場」において、かつてのような滅私奉公の精神で会社に尽くすことが、果たして賢明な選択と言えるでしょうか?



「静かな退職」とは、この問いに対する一つの答えなのです。
それは、夢や希望を失った末の消極的な選択というよりも、「報われない努力にリソースを割くのではなく、自分の人生を豊かにするためにエネルギーを最適配分する」という、極めて戦略的な意思決定と言えるでしょう。
仕事は、あくまで人生の一部。
生活費を稼ぐための手段と割り切り、そこで得た時間とエネルギーを、家族、趣味、自己投資といった、本当に大切なものに注ぎ込む。
本書は、そんな新しい価値観を、決して「逃げ」や「甘え」として断罪しません。
むしろ、共働きが当たり前になり、男女が協力して家庭を築く現代において、それはごく自然で、むしろ推奨されるべきライフスタイルだとすら示唆しています。
この導入部を読むだけでも、これまで「やる気がない」と自分を責めていた多くの人が、肩の荷を下ろして、安堵のため息をつくのではないでしょうか。



もちろん、私もその一人です。
第2章:なぜ、あなたの仕事は「つまらない」のか?――本書が暴く日本型雇用の不都合な真実
本書の魅力は、単に個人の働き方に寄り添うだけでなく、なぜ私たちがこれほどまでに仕事に疲弊し、「静かな退職」を選ばざるを得なくなっているのか、その構造的な問題を白日の下に晒している点にあります。
著者の海老原氏は、リクルートキャリアのフェローとして長年、日本の雇用市場を分析してきた第一人者。
その鋭い視点は、私たちが当たり前だと思っていた「日本の働き方」がいかに特殊で、多くの矛盾をはらんでいるかを浮き彫りにします。
そこで、本書が指摘するキーワードの一つが「ブルシット・ジョブ(どうでもいい仕事)」。



そんなブルシット・ジョブの一例として本書で紹介されていた、「日本のスナック菓子メーカー」のエピソードは象徴的でした。
売上がほとんど変わらないにもかかわらず、延々と季節限定商品や、訳の分からない味(フレーバー)の商品を開発し続ける……。
そして、その背景にある、会議のためだけの資料作成や延々と続くメールの応酬、何も決まらない定例会議、過剰な品質追求などーー
あなたも思い当たる節はありませんでしょう?
日本の職場には、成果に直結しないにもかかわらず、「やっている感」を演出するためだけの無駄な業務が蔓延していると、本書は喝破します。
加えて驚くべきことに、著者は「日本は手を抜けば抜くほど労働生産性が上がる」とまで言い切ります。



これは、多くの仕事が自己満足や慣習のために行われており、本質的な価値を生んでいないことの裏返しなのでしょう。
さらに深刻なのは、こうした「ブルシット・ジョブ」が、日本特有の「メンバーシップ型雇用」と密接に結びついているという指摘です。
職務内容を限定せず、会社の命令であれば何でもこなす。
その代わり、定年までの雇用が保障される――。
このメンバーシップ型雇用は、かつての高度経済成長期にはうまく機能しました。
しかし、変化の激しい現代においては、社員に過剰な忖度や同調圧力を生み、結果として無駄な業務を増やす温床となっているのです。
欧米で主流の「ジョブ型雇用」では、職務記述書(ジョブディスクリプション)で仕事の範囲が明確に定められています。
契約にない仕事をすれば、それは追加の報酬を要求すべき当然の権利です。
しかし、日本ではどうでしょうか?
「みんながやっているから」「上司の機嫌を損ねたくないから」といった理由で、サービス残業や休日出勤が半ば強制されてしまう。
断れば「協調性がない」と評価を下げられる。
このような同調圧力が、私たちから貴重な時間とエネルギーを奪い、仕事をつまらなくさせている元凶なのです。
本書は、こうした日本型雇用の構造的欠陥を、豊富なデータと事例を用いて、冷徹なまでに分析していきます。



読み進めるうちに、これまで漠然と感じていた仕事への不満や疑問が、くっきりと輪郭を現していく感覚に陥るはずです。
第3章:「納得感」と「防御」――静かに働くための生存術
本書の核心であり、私が最も心を揺さぶられたのが、この「静かな退職」を実践するための具体的な戦略論です。
それは、単なる精神論ではなく、経済戦略、仕事術、処世術にまで及ぶ、極めて実践的な内容となっています。
そして、その根幹をなすのが、「納得感」と「防御」という2つのキーワードだと私は思いました。
「静かな退職」は、会社への過度な期待を手放すことから始まります。
昇進や高い評価を求めるのではなく、「契約分の仕事はきっちりこなす」という納得感を持つ。
そして、会社からの過剰な要求や理不尽な搾取に対しては、賢く「防御」する。
では、具体的にどう防御するのか?



本書が提示する戦略は、実にクレバーです。
例えば、経済戦略。
著者は、会社での残業を「割に合わない」と断言します。
残業代は税金や社会保険料で大きく目減りするからです。
それよりも、定時で上がり、その時間で時給2,500円以上の副業をすることを推奨しています。
クラウドワークスなどでスキルを活かせば、月数万円の副収入は十分に可能。
さらに、青色申告やiDeCoといった制度をフル活用すれば、本業の税金すら圧縮できる。
これは、会社に依存せず、自分の力で資産を築くための、現代の錬金術と言えるでしょう。



また、仕事術においても、その視点はユニークです。
著者は「お荷物社員になってはいけない」と釘を刺しつつも、目指すべきはトッププレイヤーではないと説きます。
目標は「評価で下位3割に入らないこと」。
そのために重要なのが、「心証点」を稼ぐことだというのです。
身なり、言葉遣い、マナーに人一倍気を配り、心証点を稼ぐことが重要である。マナーさえ一流であれば、話の中身に意義があるかなどはあまり問題視されないことが多い。
この一節には、思わず膝を打ちました。
遅刻をしない、挨拶をきちんとする、言葉遣いを丁寧にする。
たったこれだけのことで、仕事の評価は驚くほど変わります。
中身で勝負しようとせず、まず外堀を埋める。



これは、無駄な敵を作らず、自分のペースで仕事を進めるための、非常に重要な処世術でしょう。
さらに踏み込み、本書は「あえて厄介な仕事を引き受ける」という逆説的な戦略も提示します。
誰もやりたがらない特殊なタスクを自分の専門領域とすることで、組織内での不可侵領域を築き、業務プロセスをブラックボックス化する。
そうなれば、他者からの干渉を受けずに、自分の裁量で仕事を進められるようになります。
これは、会社というシステムをハックする、いわば「ゲームを攻略する」ような面白さがあります。
私はこの部分を読みながら、まるでスパイ映画の主人公が、敵地で巧みに立ち回る姿を想像してしまいました。



そこには、決して「やる気がない」という言葉では片付けられない、知的なスリルと興奮があるのです。
第4章:クリエイターよ、「静かな退職」を武器とせよ


さて、ここからは少し、私自身の領域である「クリエイターとしての生き方」に引き寄せて、本書を解釈してみたいと思います。
私のような、音楽や文章、アートといった創作活動に人生の重きを置く人間にとって、会社での仕事は、しばしばジレンマの種となります。
創作に注ぐべき時間とエネルギーが、生活のための労働によって削られていく。
このような葛藤は、多くのクリエイターが抱える共通の悩みではないでしょうか。
そんな悩みに対し、『静かな退職という働き方』は、極めて有効であると感じました。



それは、「会社員としての自分」と「クリエイターとしての自分」を、意識的に切り分けるという考え方です。
会社での仕事は、あくまで創作活動を支えるための「スポンサー」と位置づける。
そこでは「静かな退職」のスタンスを貫き、エネルギーの消耗を最小限に抑える。
そして、定時後の時間と、温存した有り余るエネルギーのすべてを、自分の創作活動に注ぎ込むのです。
会社で評価されなくてもいい。
出世できなくても構わない。
なぜなら、私の主戦場はそこではないからです。
私の価値は、会社での役職や評価ではなく、自ら生み出す作品によってこそ証明される。



そう割り切ることで、これまで感じていた会社での疎外感や罪悪感は、すっと消え去っていきました。
むしろ、会社という安定した基盤があるからこそ、安心して創作に挑戦できる。
収益を気にすることなく、本当に表現したいことを素直に表現できる。
そうポジティブに捉えられるようになったのです。
また、本書で語られる「副業」の戦略も、クリエイターにとっては大きな武器となります。
自分のスキル(例えば、デザイン、ライティング、音楽や動画制作など)を活かして副収入を得ることは、経済的な安定だけでなく、自信と実績にも繋がります。
それはやがて、会社というスポンサーから独立し、創作活動だけで生きていくための、力強い足掛かりにもなるでしょう。
「静かな退職」は、クリエイターにとって、決して守りの戦略ではありません。
むしろ、自らの聖域(サンクチュアリ)である創作活動を守り、堅実に育てるための、最も効果的な「攻めの戦略」なのです。
会社に飼い殺されるのではなく、会社を賢く「利用」する。



このしたたかさこそ、これからの時代を生きるクリエイターに必須のスキルだと、私は確信しています。
最終章:行動せよ、さらば与えられん――あなたが本書を読むべき理由
ここまで、本書の魅力について語ってきました。
もし、あなたが以下のいずれかに当てはまるのであれば、本書はあなたに大きなヒントや気付きを与えてくれるはずです。
- 仕事に情熱を注げず、自己嫌悪に陥っている人
- 会社の人間関係や過剰な業務に心底うんざりしている人
- 「このままでいいのか」と、自分の人生やキャリアに漠然とした不安を抱えている人
- 副業や独立に興味はあるものの、何から始めればいいのかわからない人
- 会社員とクリエイター活動の両立に悩んでいる人
本書は、単なる慰めや気休めを与えてくれる本ではありません。
それは、具体的なデータとロジックに裏打ちされた、極めて実践的な「行動の実用書」です。



読み終えた後、あなたはきっと、明日からの会社での振る舞い方を変えたくなるはず。
無駄な会議で愛想笑いを浮かべる代わりに、自分の意見を(波風を立てずに)主張する方法を考えるでしょう。
さらには、意味のない残業を断り、空いた時間で副業を始めるかもしれません。
そして何より、会社に人生を支配されるのではなく、会社を利用して「自分の人生の主導権は、自分自身が握っている」という、圧倒的な納得感を取り戻すことができるはずです。
ただし、本書は若者に対して、厳しいメッセージを送ることも忘れていません。



20代のうちは、あえてがむしゃらに働く期間も必要だ、と。
それは、自分の可能性を広げ、熱中できるものを見つけるための、いわば「自分探しの投資期間」。
「静かに働く」ことと「惰性で働く」ことは、似て非なるもの。
本書は、そんな危険性にも警鐘を鳴らします。
静かな退職は、あくまで自分で選び取る、主体的な生き方でなければならないのです。
この本を羅針盤として、まずは無理のない範囲で行動してみましょう。
それは、本書を読むことから始まります。
その一歩は、あなたの働き方を、ひいては人生そのものを、より豊かで自由なものへと変える、大きなキッカケになるかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
以上、村上 亮一でした。



ではでは、したっけね~!


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